ポート トレイン  

Vol.No.35  
( 横浜ライブスチームクラブ 広報)
平成25年2月2日

 年明けも北陸,東北,北海道にかけて異常な寒波が続き,メデイアを通じて伝えられていましたが,1月14日にはとうとう南関東も12〜15センチの積雪となり慌てました。この中でも皆様にはお変わり無くお過ごしのことと存じます。今年最初の運転会は新年会を兼ね,多数の方々のご参加をいただき,盛況でした。又,天候にも恵まれ風も穏やかで,終日絶好の運転日和となりました。以下ご報告いたします。

1.月例運転会(1月27日)

1) 参加者と参加車両(順不同,敬称略,記載漏れはご容赦)

 中谷(レーマン Bタンク[電動],小型客貨車 7両)
 本山(9600,新B−1,自作Bタンク)
 東野(スクールズ,英国型客車 4両)
 豊田(1Cテンダー,新B−1,B6タイプ タンク,客貨車 7両)
 内藤(ブルーダッチェス,自作オハ60系客車 1両)
 神田(パニヤ,ジャンボ[ハードウイック],英国型貨車 9両)
 梶ヶ谷(D51[なめくじ],自作 ナハネ20系客車 2両)
 新倉(パニヤ,C56,自作 自由形客車 2両)
 平井(新B−1)
 和田(D51327)
 松島(アスター 森林鉄道用 Bタンク,自作客車 2両)
 信岡(DB−01 RC)
 三橋(DB−62)
 杉本,我妻,小野寺,矢野,清水,村内,欠端.
           YLSC 小計 20名
           加藤(レポーター) 1名
           安彦(アスター社 顧客 )1名 (DB38を走行,運転会に参加)
           木元(アスター社 職員)
           合計  23名

2)運転状況

 中谷氏はレーマンのBタンク(電動)を走らせました。ビデオカメラのバッテリーではパワー不足のため,マキタの電動工具用のバッテリー(11V)に交換,見違えるような走りとなり,満足されています。小型客貨車7両(内自作4両)を引いて走りました。


 本山氏は9600を走らせました。静かな走りで写真を撮らせていただきました。新B−1は走らせませんでした。真鍮製の自作のBタンク(高校生の頃製作)が整備台上に並んでいました。


 東野氏はスクールズに英国型の客車3両を牽引させ走らせましたが,パワー不足で度々スローダウンしていました。 見るからに蒸気洩れの様子で,仔細に観察しますと,フロントデッキ付近からうっすらと蒸気漏れが伺われ,ロスコー給油器の蓋の内側にネオプレンの丸型シートが嵌めてありませんでした。  早速,シートを嵌めて蒸気漏れを止めたところ,快調に走り出しました。初期の頃のロスコー給油器は,現在のものと給油口の蓋の形状が異なり,蓋の内側にパッキンを内臓する方式でした。旧製品を入手して走らす際は,注意が必要です。


 豊田氏は1Cテンダー,新B−1,B6タイプタンクにメルクリンの古典客車2両に自作客貨車5両を引かせ,終日快調に走っていました。

 内藤氏はブルーダッチェスに新作のオハ60系客車を引かせ落ち着いた走行でした。然し午後の走行時,燃料タンクに誤って水を注入したため,以後走行不能となり残念な結果となりました。誰もが経験してきた過ちです。 オハ60系の客車は厚紙と木質系の角材と薄板材を使い,レーザーカット加工で切り抜かれています。屋根の裏側の補強リブ類に特有の焦げ目が残っています。全長がスケール寸法なので,スハ43より長めですがすっきりした仕上がりで労作です。 適当なインレタが手に入らなかったので,標記類は未記入です。最近はパソコンでインレタを自作する人が増えて,既製のインレタが売れなくなり,メーカーが供給を絞っているようです。 そのためか,最近は天賞堂の模型売り場でも パソコンでインレタを作るベースフィルムのシートが販売されています。 パーソナルプリンターは一般的には染料インクのため,転写フィルム上に印刷しても密着力が弱く,クリヤーラッカー等で上吹きして剥離を抑えてきました。その欠点を補う方式のフィルムが出てきたようです。 パソコンで印刷出来れば,インレタの種類やサイズの自由性は格段に向上します。パソコンでレーザーカットのデータ入力が可能な同氏ですから,いずれ最適な標記をつけられると思います。尚,レーザーカットの加工作業は業者へ依頼されています。


 神田氏はパニヤ,ハードウイック(愛称 ジャンボ)に英国型貨車(2軸)9両を引かせ優美な走りを披露されました。


 梶ヶ谷氏はD51(なめくじ)に自作のブルートレイン用客車2両を引かせ順調な走行でした。


 新倉氏はパニヤとC56を走らせました。いつもの高速走行のパニヤをハラハラしながら眺めていたところ,遂に南東側R 2mのカーブで外側に横転後続の客車を巻き添えに転覆しました。 C56は順調な走りでした。パニヤはその後も元気に走っていました。 「やはりカントをつけたいですネ」との氏の呟きが聞こえました。

 平井氏は,新B−1に木曽森林鉄道の客車2両を引かせ,往年の鹿の谷を連想する編制で快調に走っていました。

 和田氏はD51の327号を持参されました。(故桜井氏の遺品とのこと)実物並に先台車と第1動輪の荷重分散機構を追加加工,前照灯を点滅するスナップSWを左デフの内側に取り付け.電池は第1〜第2動輪間の下部に収納する加工がされていました。テスト走行で走行状況の確認をされていました。

 松島氏はネットのオークションで手に入れた,アスター製の森林鉄道のBタンクに,自作の古典客車2両を引かせ順調な走りでした。燃料を補給のたびに,タンクを車体から外すのが面倒なので,タンクを装着したまま補給できるように,改造を計画されています。

 信岡氏はDB−01(RC)を走らせました。客車6両を引いて走りましたが,氏はネットへ投稿するビデオを撮影のため,さまざまなシーン調整をしながらの走行でした。

 安彦氏はアスター社の顧客で,息子さんが後をついで居られ,時間が出来てアスター社のDB−38のキットを購入され,組み立てられた方です。まだ完成して数回走らせただけで,今回の運転会では神田氏の応援を得ての走行でした。したがって,未だ試験調整の段階です。

 三橋はDB−62を持参しましたが,走らせませんでした。



    

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